おはこんばんちわなら~
さてさて、今回は単発記事ですが、代表的な合併症である「不均衡症候群」について解説してみたいと思います。
導入時に発症すると言われる合併症ですが、その本態はどういったものなのか?という部分に少し踏み込んで解説していきたいと思いますので、お付き合いください。
では行きましょう。不均衡症候群の世界へようこそ。
まずは名称の説明
さて、不均衡症候群なんて名称が付いていますが、一体何が不均衡なのでしょか。
まぁそれをこれから説明していくわけですが、その前に名称について整理をしようと思います。
筆者も今回、記事を書くに当たり、英語名称を始めて知りました。
英語では、
Dialysis Disequilibrium Syndrome (以下、DDS):不均衡症候群
と言われるようです。まぁ病気は万国共通で起こるものです。程度の差こそあれ。
英語名を直訳しても、透析不均衡症候群となるあたり、互換性凄いな~と思いました。
では続きまして
症状
不均衡症候群とは、透析導入時などに起こる一連の神経学的症状の総称であります。では具体的にはどのような症状を呈するのでしょか。
具体的には
- 頭痛
- 無気力
- 筋痙攣
- 吐き気、嘔吐
- 高血圧、低血圧
- 振戦
- 錯乱
- 呼吸困難
- めまい
- 意識変容、昏睡
- 視覚障害、かすみ目
- 失神
とあります1)。
これだけの症状を呈しますが、その診断には慎重を期す必要があります。実臨床でもこれだけの症状を呈し、簡単に「不均衡症候群でしょ。」と片付けるコメディカルが多い事には若干辟易とします。その鑑別には慎重に慎重を重ねるべきでしょう。
不均衡症候群の本態
さて、なぜ上記の様なバラエティー豊かな症状を呈するのでしょうか。
それには透析効率と浸透圧、pHが関係してきます。
ではこれらについて一つ一つ見ていきましょう。
Revere urea effect
血液透析導入直前というのは、尿毒症症状がもっとも多く出ている時期と言っても相違ありません。その中で、ラボデータとして指標になるのはBUN:血中尿素窒素とCr:クレアチニンの値になります。この2つの内、前者は体内で浸透圧維持物質としての働きを持ちます。
浸透圧とは、体内の物質移動の推進力として働く圧力であり、その大部分をアルブミンが担っています。しかし、血漿浸透圧は決してアルブミンだけで左右されるものではありません。その他に、BUN、Na、ブドウ糖によって血漿浸透圧は構成されています。
実際の血漿浸透圧は以下の式で表されます。
$$血漿浸透圧(mOsm/kg)=$$
$$2 × 血清Na濃度(mEq/L) + \frac{Gul(mg/dL)}{18} + \frac{BUN(mg/dL)}{2.8} $$
上記の式内で、BUNは通常20mg/dL以下の物質でしかないにもかかわらず、100以上まで蓄積している場合があり、透析導入基準にもその旨は記載されています。
このBUNが不均衡症候群では鍵となります。
細胞外と脳細胞内での浸透圧勾配の発生
先ほども述べたように、慢性尿毒症である非透析患者というのは、高浸透圧状態であります。しかし、COPD患者と同様、体内はその状態に慣れている(定常)状態であります。
ここで間歇的血液透析(I-HD)を行うとどうなるか。
それは急激な尿毒症物質の拡散による除去が行われることになります。ということは、血漿浸透圧を構成するBUNも急激に減少することを意味します。定常状態の崩壊です。
こうなれば体の中はわっちゃわっちゃ。細胞内と間質、細胞外の3つの空間をBUNが忙しくお引越しを始めます。
さて、この章のタイトルは「細胞外と脳」です。それはなぜなのでしょか?それはBUNのお引越しの方法にあります。
脳へと通ずる脳血管と脳本体の脳細胞を隔てる脳血液関門(blood-brain barrier : BBB)は、細胞外と脳細胞内の物質の往来を制限する役割があります。このBBBでは、BUNの移動速度がとても遅くなっています。その拡散速度は他の臓器のなんと100倍とも。どれだけ遅いのでしょか。
ゆっくりとはいえ、細胞外へ移動を開始した脳細胞内のBUN達。これにより細胞内浸透圧は一気に低下を始めます。この下がった浸透圧をどうにか定常状態に維持しようと、細胞外から細胞内には水分が流入を始めます。流入した水分により、脳細胞は一時的に浮腫を来たし、脳浮腫・頭蓋内圧亢進が発生します。
脳浮腫や頭蓋内圧が亢進することで、前述した神経症状を呈することになります。
以上がタイトルにある細胞外と脳細胞内での浸透圧勾配の発生ということなのです。
脳内pHの変化
さて、腎臓というのは人体の中で外部に繋がる臓器の一つです。腎臓の役割の一つに、代謝により恒常性を維持するというものがあります。
腎臓は大量の重炭酸(HCO3–)を体外へ汲みだすことで、その役割を果たしています。
しかし、慢性腎臓病(CKD)や急性腎障害(AKI)により尿の生成が出来なくなると、水分という名のHCO3–の汲みだしが出来なくなります。ここからは血液ガスのお話が混ざります。
通常、体内のpHは7.40±0.02という厳密さで管理されています。これを表す式が
$$CO_2 + H_2O ⇔ H^+ + HCO_3^-$$
上記の式になります。これを「ヘンダーソン・ハッセルバルヒ式」と我々は呼んでいます。
ここで重要なのは、右式にあるHCO3–が蓄積してくるということです。汲みだしが出来なくなる原因は様々で、糸球体腎硬化症やIgA腎症、抗好中球細胞質抗体:ANCAなどがあります。これらに共通するのは、細胞の繊維化による機能喪失ということです。
これらの要因により、まず第1段階として代謝性アルカローシス(>pH 7.42)が発生します。
そして、このアルカローシスを是正しようと、体内では代償性の働きが起こります。それが呼吸性アシドーシス(CO2の減少)です。
普段我々が目にする血液ガスというのは細胞外液pHの事を指します。実際には細胞内pHも加味して考えるべきであり、代償性が働くというのは、身体がpH 7.40±0.02からかけ離れてしまった際に起こったことを意味します。許容できないわけです。
今述べた細胞内pHの変動というのは、分け隔てなく起こるため、脳細胞内でもそれは発生しています。
代償性アシドーシスによる過換気やpHの是正のため、治療として行われるのは重炭酸Na(NaHCO3)の投与です。急速投与によりpHは上昇し、代償性過換気の軽減と重炭酸塩のCO2への変換により血中CO2分圧は上昇します。
CO2の拡散速度は速いため、脳内へ急速に拡散し、脳脊髄液のpHを低下させ、過剰なプロトン(H+)はNaやK+と結合し有機塩を生成することで細胞内浸透圧を高め、脳浮腫を来たします。
これら酸塩基平衡の不均衡に伴う脳実質内のpH低下が一次的なDDS発症の機序となります。
DDSの予防について
透析条件の緩和
先述したように、DDS自体は尿毒症性物質の急速な除去なpHの変化により引き起こされる脳浮腫や、それに伴う神経症状であることがはっきりしました。ではこれに対して透析では何が出来るのか?それは低効率血液透析です。
具体的には参考文献1)では、連日のI-HDを実施し、透析時間は2~3時間、QBは100程度と記載しています。
しかし、現在は透析のモダリティも増えたため、CHDF,I-HDのほかにSLED:Susteined Low-Efficiency Dialysisという選択肢も存在しています3)4)。
具体的には、QDは通常500mL/minのところを200~300mL/minまで落とし、QBも100~150mL/minとして運転します。透析時間がCHDFが24時間、I-HDが4時間であるのに対して、SLEDはその中間である8~10時間実施します。この条件により、CHDFより10倍以上の効率を持ちながらも、I-HDより効率を落とし、より緩徐に変化を起こし、DDSの発症を予防することが出来ると考えます。
SLEDを行う際の膜面積については特に議論がありません。その為、筆者は患者の体格が許すのであれば、大面積のダイアライザー、ないしヘモダイアフィルターを用いてもいいのではないか?と愚考しています。膜面積の大小というのは、実はそれほど重要ではありません。プライミングボリュームも小さいものと大きいものでも50mL程度しか変わらない為、それほど体外循環に影響は与えないからです。また、透析効率というのは透析時間(T)>QB>膜面積という風に規定される為、透析効率への膜面積の寄与というのは微々たるものです。
患者の拘束時間が増えるじゃないか!!という読者もおられるかもしれません。しかし、最初に長時間低効率透析を行うことで、「これからはどんどん短くして、4時間透析にしますね~」という心理的戦略も取ることが出来るのではないでしょうか。時間が半分以下になるのは、心理的ハードルを下げる上では重要です。
浸透圧物質(代用血漿)の利用
今ではあまり行われることはなくなりましたが、高Na透析液の使用がDDSの発症を予防することが知られています。これは、先述した血漿浸透圧の式が関係しています。拡散により、透析液側から血液側へNaが流入することにより、拡散によるBUNの除去をNaが下支えし、浸透圧の低下を緩衝することが原因です。しかし、高Na透析は患者の口渇感などを惹起するため、現在ではあまり用いられません。
その代わり、タイトルにもある通り代用血漿を用いることで、血漿浸透圧の低下を防止する処方もあります。
慢性維持透析患者に対する高濃度ブドウ糖液(717mg/dL)とマンニトールの静脈内投与(1g/kg)による血清浸透圧の変化を調べた研究では、通常の浸透圧で10mOsm/kgH2O低下したのに対して、グルコースでは5.2mOsm/kgH2O、マンニトールで投与群では4.3mOsm/kgH2Oに低下し、両方使用した場合は1.7mOsm/kgH2Oの低下に抑制され、DDSの発症も67%から10%へ低下したと報告されています5)。また、動物実験ベースではグリセロールの投与がマンニトールよりもDDSの発症予防に優れていることも示されています6)。
DDSのリスク因子について
DDSのリスクが高い患者は特に注意が必要で予防的処置を考慮しなければなりません。
具体的なリスク因子は以下になります1)。
- 初回血液透析
- 透析開始時の高BUN血症(>175mg/dL or >60mmol/L)
- 年齢(小児と高齢者)
- 透析効率の上昇(条件強化)時
- 脳卒中、悪性高血圧、頭部外傷、発作障害などの既存の神経疾患
- 既存の脳浮腫、脳浮腫を引き起こす他の状態の存在(低Na血症、肝性脳症)
- 血液脳関門の透過性亢進を引き起こす状態(敗血症、髄膜炎、脳炎、溶血性尿毒症症候群、血管炎等)
あとがき
さてさて、今回は血液透析導入時によくみられるという【不均衡症候群:DDS】について焦点を当てて解説してみました。
ただ、筆者は実際に導入時に不均衡症候群と思われる症例に遭遇したことがありません。初回から3回目までにはマンニトールなどの代用血漿を用いていた症例もありますし、何もせずに普通に血液透析を開始したこともあります。
ただ、導入して数年たった患者での不均衡症候群というのは経験したことがあります。それは例えばシャント不良を長期間放置していて、VAIVTをしたことで高効率透析により浸透圧が変化した症例であったり、常に高たんぱく食なのか、前採血で高BUNな症例で、透析開始数分後からイライラや倦怠感、血圧の乱高下をする元気な患者さんでした。というわけで、不均衡症候群は決して導入時だけではないということを肝に銘じておく必要があります。
というわけで、最後には筆者の症例経験談をお話して終わりにしたいと思います。
では今回はこの辺で。
まったね~~
1)笹井 文彦、米村 耀、小岩 文彦;不均衡症候群の予防;臨牀透析 vol.39 no.2 2023 67・p187~192
2)黒川 清 , 和田 健彦 , 花房 規男 ; 体液異常と腎臓の病態生理 第3版 ; メディカル・サイエンス・インターナショナル
3)上野 智敏;血液透析の原理・概要 尿毒素物質の除去メカニズム;Hospitalist VOL.11 NO.2 2023 P.250-273
4)Bellomo R , et al. Prolonged intermittent renal replacement therapy in the intensive care unit. Crit Care Resusc 2002 ; 4 ; 281 ,PMID:16573441
5)Arieff AI , Lazarowitz VC and Guisado R ; Experimental dialysis disequilibrium syndrome : prevention with glycerol. Kidney int ;1978 ; 14 ; 270-278
6)Osgood M , Compton R , Carandang R ,et al :Rapid unexpected brain herniation in association with renal replacement therapy in acute brain injury :caution in the neurocritical care unit. Neurocrit Care 2015 ; 22 : 176-183
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