HIF-PH阻害薬の作用機序と注意点~造血への誘い~

血液浄化

 おはこんばんちわなら。

 今回はちょっとペースを落としまして、造血は造血でもHIF-PH阻害薬のお話。

 これまでも、当ブログでは貧血のお話や鉄動態のお話は何回かしてまいりました。

 しかし、EPO製剤の話はすれど、HIF-PH阻害薬に関しては何故か触れてきませんでした(なんでだろ…)。

 というわけで、今回のお題目はHID-PH阻害薬について。

 では行きましょう。HIF-PHによる造血の世界へようこそ。

HIF-PH阻害薬とは何者か

 ここ数年、透析や保存期腎不全界隈を大いに賑やかにしているのがこのHIF-PH阻害薬。

 作用機序などは後で説明するとして、まずこの「HIF-PH」って何の略なのか?からです。

 HIFHypoxia inducible factor:低酸素誘導性因子の略です。

 PHは何かというと、Prolyl Hydroxylase:プロリン水酸化酵素の略です。

 なので、合わせて言えば、「低酸素誘導因子ープロリン水酸化酵素」であり、それを阻害するからHIF-PH阻害薬なのです。

そもそものHIF-PHの役割

 HIFは細胞が低酸素状態に晒されることで、核内の転写活動により発現する転写因子といわれる物質です。

 HIFには1α、1β、2α、3αの4種類があり、それぞれ発現臓器が異なります。

 1αはほぼ全身で発現が確認されているのに対し、2αは肺の多くで発現することが確認されています。これらに対し、3αは先の二つと性質を異にします。普段は眼や小脳で発現していますが、低酸素下では心臓や肺において、その発現が誘導されることが示されています1)

 酸素が存在する条件ではProlyl Hydroxylase Domain containing protein(PHD)がHIF-1α・HIF-2α蛋白のプロリン残基を水酸化します。水酸化されたHIF-α蛋白はvon Hippel Lindau 遺伝子がコードする蛋白VHLによりユビキチン化され,プロテアソーム系を介して分解されます。酵素PHDは細胞における酸素センサーとしてHIFシグナルを負に制御する役割を果たしています。低酸素環境では酵素PHDの活性低下によりHIF-α蛋白が安定化し,転写因子としてEPO,VEGFなど標的遺伝子発現を誘導します。

 このネガティブフィードバック機構を利用して、HIF-PH阻害薬は薬効を発揮します。

 これら1α・2αの作用に対して、3αは全く別の作用を持ち合わせます。

 先にも述べたように、普段は眼球や小脳に発現していますが、そのトリガーは低酸素下と1α・2αと同様ですが、3αは発現を多くしてどのように働くかというと、1αや2αを抑制する方向に働こうとします。3α自体はα1~6まで存在が確定しており、更にα7~10の存在も示唆されています。これらのうち、α2とα4がヒトで確認されており、低酸素下で発現が活性化し、HIF-1αと結合転写することで、活性することが判明しています。

 ちょっと齧っただけの知識では、「3αって要らんくね??」となるんですが、実際はそうではなく、癌などの悪性新生物では、低酸素応答性遺伝子の発現亢進で腫瘍の増殖・進展に拍車がかかってしまいます。これらのフィードバックを抑えるために3αは存在すると考えられているようですが、進展したがんに対してはこのネガティブフィードバック機構は破綻していることがほとんどで、1αや2αの発現が亢進し、腫瘍は成長します。その為、HIF-PH阻害薬ではがん患者に対しては注意・慎重投与となっているのです。

HIF-PH阻害薬の機序

 さて、HIFとPHDの役割について、先に述べてしまった感がありますが、もう少しだけ深堀してみましょう。

 低酸素状態下ではそれぞれのHIFが発現亢進します。しかしこれは低酸素状態でのお話。通常の酸素濃度下では発現はするものの、PHDによりHIFは水酸化され、分解されるためにHIFは失活します。その為、細胞内HIF濃度は極端に低くなります。

 逆に、低酸素濃度下では、PHDの活性が低下するため、核内のHIF濃度は上昇し、HIF-α蛋白が安定化し,転写因子としてEPO,VEGFなど標的遺伝子発現を誘導します。

 HIF-PH阻害薬このPHDの作用を人為的に阻害し、HIF遺伝子の核内濃度を増やすことでEPOやVEGFの発現を誘導し造血を促します。

Hepcidinの不活化による鉄利用障害の改善について

 Hepcidin濃度はHIF-2αの濃度により調整されます。上記の記事ではフリンにより直接的に操作されるという解説で終始していますが、どうやらHIF-2αの作用は間接的な調整に留まるようです。

 というのも、HIF-2αは肺以外にも、低酸素濃度状態では腸管にも発現するようです。

 発現したHIF-2αは、腸管でのフェロポルチン(FRN)の発現を亢進させます。

 本来、Hepcidin-25が発現亢進するには、鉄過剰状態となっている状態で肝臓のTfR2にHFEが結合し、複合体を形成する必要があります。この複合体がリン酸化され、シグナルが入ります。これによりフリンが合成され、フリンの発現がPre-HepcidinをHepcidin-25に変換し、発現を亢進させます。

 Hepcidin-25が発現することで、鉄の取り込みが亢進しますが、放出は抑制され、結果的に貯蔵鉄の増大、鉄の利用不可による鉄欠乏性貧血が起こります。

 Hepcidinはこの経路とは別で、炎症により惹起されることも知られています。
 Hepcidinはインターロイキン (IL)-6–JAK-STAT 経路を介してHepcidinの転写を増加させることで、Hepcidin産生を刺激します3)

 亢進したHepcidin‐25は、肝臓や腸管にあるFRNの分布を抑制する方向へ働きます。これにより管腔側への鉄の放出が抑えられ、鉄の利用障害が起こり、鉄欠乏性貧血(IDA)が発症します。

 HIF-PH阻害薬はこのHepcidinの発現を抑制します。

 透析患者は慢性炎症が遷延する状態です。その為、常に少量とはいえサイトカインストームに巻き込まれていると言ってもいいでしょう。

 しかし、HIF-PH阻害薬は炎症の有無に拘わらずHepcidinの転写発現を抑制します。そして、先述したようにHIF-2αにより腸管でのFRNの発現を亢進するため、両方の作用で鉄の吸収/放出が効率よく行われ、貯蔵鉄の利用促進によりIDAは改善傾向へ傾きます。

 ただ、ここまで読んだ読者であればご賢察と思いますが、HIF-PH阻害薬が炎症を抑える訳でなく、Hepcidinの転写発現を抑えることは判明していますが、その機序が今一ハッキリしていません。Pubmedで検索したりしていますがHIF-PH阻害薬がILの活動を抑制するのか?どうやってHepcidinの転写を抑制するのか?何をどうすれば鉄の利用障害を改善するのか??

 ここら辺は勉強不足な感が否めません。引き続き情報収集に努めようと思います(正直めちゃくちゃ難しい)。

今現在、上市しているHIF-PH阻害薬

さて、2024年6月現在、本邦で保険収載されているHIF-PH阻害薬について記載しておこうと思います。

  • エベレンゾ (ロキサデュスタット)
  • ダーブロック (ダブロデュスタット)
  • バフセオ (バダデュスタット)
  • エナロイ (エナロデュスタット)
  • マスーレッド(モリデュスタットナトリウム)

上記5種類が現在保険収載されています。

4)

禁忌

  • HIF-PH阻害薬はいずれも特に問題となる禁忌を有していません.
  • いずれも「本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者」が禁忌となっております.
  • ただし、エベレンゾ・エナロイ・マスーレッドの3剤は 「妊婦又は妊娠の可能性のある女性」も禁忌となっています

開始容量

  • HIF-PH阻害薬は透析の有無、ESAによる前治療の有無、ESAの投与量等により開始少量が異なります.
  • ですが、HIF-PH阻害薬の中でバフセオは唯一、全ての場合において同一 (300mg) の開始用量となっています.

維持容量

  • HIF-PH阻害薬の用量はいずれも段階的に設定されており、血液検査の結果を元に用量を調節していきます
  • バフセオが一番用量の段階が少なく、用量調節がシンプルになっています
  • それに続くのがエナロイです
  • エベレンゾ・ダーブロック・マスーレッドはいずれも8段階の用量調節になっています

相互作用

  • HIF-PH阻害薬はいずれも併用禁忌は存在しません
  • ただし、一部のHIF-PH阻害薬は多価陽イオン含有製剤 (鉄、アルミニウム、Mg、Ca) やリン吸着薬と併用することで血中濃度が大きく減少することが知られています
  • 貧血に対して鉄剤を併用する場合や透析時にリン吸着薬を併用するケースは少なくないと思うので注意が必要です

評価中リスク情報(PMDA)

 つい先日(2024年6月21日)、PMDAより評価中リスク情報というのが出されました。

 その中で、ダーブロックについての添付文書改訂予備のような情報が出ました。内容としては、

  • 「心不全又はその既往歴のある患者における注意喚起(心不全の増悪又は再発)」

ということで、これから評価が確定すれば、もしかしたら添付文書が改訂されるかもしれません。

注意して推移を見守りたいと思います。

あとがき

 さて、今回は造血は造血でもHIF-PH阻害薬について解説してきました。

 この記事の生理学的機序などに関しては、本当に色々な文献に当たらせてもらいました。が、あまりにも難解な内容過ぎて、とても理解が追い付きませんでした・・・orz

 しかも、極めつけはPMDAからの評価中リスク情報です。まさかこんな情報が出てくるとは思いもよらず。速報的に載せましたが、これからの情報に要注意ですね。

 てなわけで、今回はここらへんでお終いにしたいと思います。

 また何かネタが見つかればお知らせください(切実)

 ではまた~~

1)原俊太郎,近藤幸尋 ; 腫瘍進展を抑える内在性低酸素応答抑制因子HIF-3α ; 生化学第83巻第1号

2)Qingdu Liu, Olena Davidoff, Knut Niss, and Volker H. Haase ; Hypoxia-inducible factor regulates hepcidin via erythropoietin-induced erythropoiesis ; J Clin Invest. 2012;122(12):4635-4644. https://doi.org/10.1172/JCI63924.

3)Elizabeta Nemeth, Tomas Ganz ; Hepcidin and Iron in Health and Disease ; Annu Rev Med 2023 Jan 27:74:261-277.

4)清水真人 , ぺんぎん薬剤師 @penguin_pharm ; 【HIF-PH阻害薬】腎性貧血の経口治療薬 使い分け!禁忌や用量調整の有無は? ; https://hokuto.app/post/NkLuHnnU5w13uhpEkbek

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