さて、今回は心不全治療薬であるエンレスト(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬:ARNI)について、わかる範囲で解説していこうと思います。
なぜこれを解説しようと思ったのかについては、筆者のX(旧Twitter)をご覧の方であればご賢察の事かと思います。
一時期、エンレストを処方されているのに、採血でBNPを採血するということをしていた弊社。
おい!!なんでやねん!!と孤軍奮闘した結果、なんとか採血項目を変更することに成功しました。
けどそもそもなんでエンレストを処方していると、BNPは無効なのでしょうか?その機序について、理解している範囲で解説できればと思います。
では行きましょう。いざ、心不全の世界へ。
エンレストとは
さて、このエンレストというお薬。一体どういうお薬で、どう使われるのでしょか?
一般にはFANTASTIC4と並び称される優秀な薬剤の一つであるエンレスト®。
その名称の由来は
- Entrust(信頼できる薬剤)に由来
とインタビューフォームに記載されています。
和名では「エンレスト」ですが、洋名では「Entresto®」となっています。
効能
以下、インタビューフォームを参考に詳述しますが、適応は、成人に関しては標準的な心不全治療を受けている患者で、ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)を投与されている左室駆出率(LVEF)の低下した慢性心不全(HFrEF)患者を対象とした海外第Ⅲ相試験(B2314 試験、以下 PARADIGM-HF)及び国内第Ⅲ相試験(B1301 試験、以下 PARALLELHF)が行われ、効能が認められた薬剤になります。
両治験において、エンレストは心血管死及び心不全による初回入院のイベントリスク減少の有効性と安全性が示されています。
また、貴重な面として、この薬剤は小児(1歳以上)に関しても適応が認められています。但し、本邦において小児慢性心不全に適応のある薬剤は無いため、成人と同様に「標準的治療を受けている」という限定的文言は外されて適応が設定されている点に注意が必要ですね。
また、本来はHFrEF患者へ適応の本剤ですが、治験結果から高血圧にも効果が認められたため、高血圧症についても適応が認められています。
薬理作用
インタビューフォームにもしっかりと薬理作用(機序)が載っているあたり、とても優しさを感じます。で、詳細はというと、サクビトリルバルサルタン(エンレスト)は、サクビトリル及びバルサルタンに解離して、それぞれネプリライシン(NEP)及びアンジオテンシンⅡタイプ 1(AT1)受容体を阻害します。サクビトリルは、エステラーゼにより NEP 阻害の活性体であるsacubitrilatに速やかに変換されます。NEP阻害は、血管拡張作用、利尿作用、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)抑制作用、交感神経抑制作用、心肥大抑制作用、抗線維化作用、及びアルドステロン分泌抑制作用を有するナトリウム利尿ペプチド(NP)の作用亢進に寄与します。バルサルタンのAT1 受容体拮抗作用は、血管収縮、腎ナトリウム・体液貯留、心筋肥大、及び心血管リモデリング異常に対する抑制作用をもたらします。

ネプリライシンって何?
さーて、ここで初見な単語が沢山出てきましたね。筆者も良く分かってません。で、ネプリライシンってなんなんでしょうか?
ネプリライシンは中性エンドペプチターゼの一種で、体内で様々なペプチドホルモンの分解に関与する酵素です。ネプリライシンは体内で広く分布していますが、特に腎臓の刷子縁膜、小腸、胎盤、免疫系の細網細胞、精巣および卵巣に高発現しています。脳では尾状核被殻、脈絡叢、淡蒼球、黒質、嗅結節、海馬歯状回分子層およびアンモン角網状分子層に強い発現が見られます。新皮質ではⅡ・ⅢおよびV層に、嗅内野のような旧皮質ではIおよびⅢ層に豊富に存在し、層間で異なる局在性を示します。となっており、意外にも心臓への言及はありません。
ネプリライシンの主な作用は、内因性の血管拡張作用を持つナトリウム利尿ペプチド(NP)、特にBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の分解です。BNP以外にも、ブラジキニン、アドレノメデュリン、サブスタンスP、アンジオテンシンI・II、エンドセリンIなどのペプチドの分解にも関与します。
エンレスト(ARNI)は合剤のため、サクビトリルとバルサルタンという薬剤に分けて考えることが出来ます。
この中で、ネプリライシンの阻害を起こすのはサクビトリルになります。
サクビトリルはネプリライシンの作用を阻害することで、その主作用であるBNPの分解を抑制し、BNPの主作用である血管拡張、ナトリウム利尿、血圧低下、抗線維化などが増強されます。
心不全治療薬としての真価はここで発揮されます。
抗ネプリライシン作用により、血管が拡張し、血圧は低下。プール血管のボリュームが増えるため、ナトリウム利尿作用により利尿が促されます。また、心臓の抗繊維化により収縮力が保たれ、結果として一回拍出量は高い量で維持されます。
これらの作用が維持されるのは、ひとえに血中のBNP濃度が心不全の程度に関係なく増量するからです。しかし、それは心不全のサロゲートマーカーとしての役割をも失わせます。
その為、NT Pro-BNPを測定に用い、心不全のサロゲートマーカーとするのです。
BNPやNT Pro-BNPについては下記の記事でも解説しているのでご参照ください。
アンジオテンシンⅡタイプ 1(AT1)受容体
さてお次はこちら。
こちらも我々臨床工学技士が良く関わる腎臓ではお馴染みのRASシリーズです。
RASについては軽く上記の記事で触れています。ちょっと?絵が無いために読み難いのは御愛嬌でお願いします。
簡単に述べると下記の画像の様になります(教科書チックですね)。

肝臓で生成されるタンパク質であるアンジオテンシノーゲンは、腎臓の傍糸球体細胞において発現しているプロレニンmRNAが小胞体に入りプロレニンとなり、プロレニンは小胞体からゴルジ体へ移動し、ここでアンジオテンシノーゲン(以後、AGT)が切断されアンジオテンシン(以後、Ang)Iが生成されます。
通常の流れでは、プロレニンmRNAやプロレニンは、レニン前駆体として不活化しています。前駆体は(プレ)レニン受容体(PRR)によりタンパク質分解的活性化を受け、レニンへに変換され、そのレニンが糸球体へ運ばれてきたAGTを切断し、AngIとして活性を与えます。
AngIは主に肺の基底膜に局在しているアンジオテンシン変換酵素(ACE)により10個のペプチドから8個のペプチドへと切断されます。
AngIIとして変換されたペプチドは、その後、全身性に働きかけます。主な作用として、
- 血管を収縮
- 副腎皮質のアルドステロンに作用して水分・ナトリウムの再吸収促進による血圧の上昇
- 下垂体後葉からの抗利尿ホルモン(ADH)分泌による水分の再吸収の促進
- 交感神経系を活性化し、心拍数と心収縮力を増加
- 心筋細胞や血管平滑筋細胞の肥大や増殖を促進し、心臓や血管のリモデリングに関与
- 輸出細動脈を収縮させ、糸球体濾過率(GFR)を維持
- 近位尿細管でのナトリウム再吸収を促進します。
以上、多彩な働きを持ちます。AngIItype1とありますが、さほど作用は変わりないと思いますので、少々割愛をば。
で、バルサルタンはACEがAngIを切断することを阻害し、上記の作用を防ぎます。これにより血圧は低下、利尿が促され、eGFRは結果的に維持されます。
透析における注意点
さて、ここまで長々と生理学・薬理学について解説してきました。
では今回なぜエンレスト®を中心的に取り上げたのか?それは透析におけるDW決定打の一つ、心不全マーカーに関係するからです。
すでに上でも述べたように、エンレスト®は合剤であり、その中のサクビトリルという成分は脳性ナトリウム利尿ペプチドを増加させる作用があります。
透析において、心不全の程度評価にBNP,hANPは欠かすことが出来ません。
しかし、エンレスト®の影響下では、その数値に大きな誤差を含むことになります。正常な評価は出来ません。
ではどうすればいいか?そこで注目されたのがNT Pro-BNPでした。
サクビトリルによっても、NT Pro-BNPは影響を受けません。正しくは低下します。
これは、心不全の治療効果により心不全が改善へ向かうからです。そのため、NT Pro-BNPの濃度は低下します。この推移を診ることで、現状の心不全stageや利尿の程度を推し量ります。
以上より、エンレスト®が処方されている患者には、細心の注意を払う必要があります。
皆さんの受け持つ患者にも、もしかしたら紛れているかもしれません。よく見てみてください。
あとがき
今回は心不全治療薬における「FANTASTIC4」と呼ばれる薬剤群の一つであるエンレスト®:アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(Angiotensin Receptor Neprilysin Inhibitor)について解説しました。
ご存知の方もおられれば、まだそうでない方もいると思います。事実、筆者はちょっと前に当院でBNP採血の定期月に、エンレスト®が処方されたまま測られようとしている事態に遭遇し、孤軍奮闘の啓蒙活動の末、NT Pro-BNPに変更してもらったという経験があります。いやー普通にIncidentですからねこれ。うちのDr.何考えてんでしょうね。何も考えてないんでしょうけど。
この件で相談DMもあり、いつかは記事にしないとな~…と思っていたところだったので、けつに火をつけて執筆した次第です。いやー今回の執筆期間は長かった…難しかったのもありますが、苦手分野だったので猶更慎重に慎重を期して執筆しました。もし間違いなどあれば連絡をば。
というわけで、今回はこの辺で。
ではまた~~
1)ノバルティスファーマ DR’S Net:https://www.drsnet.novartis.co.jp/dr/products/product/entresto/document/
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