「あ、努力している前提なんですね(笑)」という言葉の無神経さ

自己紹介

さて、読者の皆さんは、タイトルをどの様な意味で捉えましたか?

これは、あとあるフォロワーが私に受かって放った言葉です。

まぁカチンッとは来るわけですが、相手にしたところで暖簾に腕押し糠に釘です。

さて、本題から外れてしまうので、理性的に行きましょう。

皆さんは努力をしたことはありますか?努力の定義はなんでしょう。人それぞれなのか、それとも一般的なコンセンサスが得られた基準があるのでしょうか。

そこで、筆者的な努力の定義や感情論、理性論をお話したいと思います。

努力には2種類ある

 さて、見出しではこう書きましたが、じゃあその2種類ってなんだ?となりますよね。

 努力って何のためにするのか?により、種類が変わってきます。

 まず一つ目です。

 他人から見える努力をする

 これは、ある意味本質か?と思う部分かもしれませんが、人間というコミュニティを形成する動物は、第三者からの評価軸があって、やっとコミュニティでの存在が許容されます。つまり、役に立たない、何のロールもない人間というのは、コミュニティから追放されるわけです。

 そこで、人間という動物は必死にそのロールを演じます。演じる、というとちょっと違うかもしれませんが、つまりは努力をするわけです。コミュニティという環境、自然への環境、立場という環境、これら様々な課題へ、人間は適応するように自然と努力をするわけです。この努力は、ある意味第三者の目から見えやすく、「お、A君頑張ってるなー」という評価となるわけです。これを自然と演じることのできる人間もいれば、意識して演じる=努力する人間もいます。千差万別です。

 では次、二つ目の努力とは何か。

目に見えない努力

 さて、二つ目はこちら。「目に見えない形での努力」です。これって厄介で、誰の目にも留まらない為に、普段は努力をしていない風に見えてしまうんです。見え方によっては怠け者かもしれません。

 資格勉強然り、論文の抄読しかり、「そんなことして何の価値があんの?笑」という人間もいるでしょう。ある意味別世界の人間として理解するのが一番無難かつノンストレスかもしれません。

 しかし、上手く人間関係を構築するための努力だったり、コミュニティに属するための努力だったり、仕事に対する努力(=勉強)だったり、目に見えない形での、評価されない努力というのはごまんとあります。

人生に一度はやってくるであろう努力期

 筆者は、実に人生の半分に関しては無努力、というか、努力を放棄して生きてきました。

 幼稚園児の頃から虐めに遭い、この世界で生きることは無駄だ。と思っていた(悟っていた)時期もあります(特に小学生低学年時期)。

 まぁ何をしても無駄で、報われることはないのだ。と思っていたわけです。高校までは、評定平均は普通でも、まぁ高校が高校でしたからね。毎日寝たり内職で空想科学読本読んだりしてました。

 が、人生に転換期というのは付き物で、その転換期が筆者の場合は専門学校入学だったのです。

 筆者は専門学校の昼間部4年課程へ進学しました。別に仕事がしたい訳でも、大学に行く金や頭があるわけでもないしな~・・・と思っていた所に、当時透析室に勤務していた母親から「あんなパソコン好きなら、こんなのあるで。」と連れられていったのがその専門学校でした。

 そこには、自分の全く知らない世界が広がっており、「この道も悪くないかもな」と、軽い気持ちでAO入試を受けて入学しました(AO入試の是非は、もう10年以上前にTwitterで大議論が交わされたので割愛します)。

 筆者は高校卒業まで、夏休みの宿題はしないわ授業中も寝てるか本読んでるかみたいな生活をしていた為、勉強のべの字も知りませんでした。その為、4年間のうち、基礎科目ばかりを履修する前半2年は、結構血の滲む様な努力をしたつもりです。毎日毎日、帰宅すれば「もう辞めたい~…orz」と母親に愚痴っていたのを薄っすら覚えています。

 しかし、その言葉とは裏腹に、自主参加の補講にもほぼ全て参加し、必死に数学物理生物を勉強しました(この時、筆者は分数が計算できないことが判明したため、「あ、小学生で躓いてたんだ」と分かりました)。前半2年は学校に沢山お布施をしたことも覚えています。痛かったな‥‥

 が、後半2年で転換期が来ます。

 筆者も良く分かりませんが、何故がクラストップ5にねじ込まれるくらい成績が伸びだしたのです。

 別にそんな特別なことをしたわけでもなく、毎日コツコツと勉強し、授業は大真面目(笑)にノートを取っては復習を繰り返していました。テスト前になると、筆者のノートの貸し出し件数が激増したこともよく覚えています(このノート貸出ブチ切れ事件を切っ掛けに、僕に対してお布施が沢山集まったのは面白かったです)。

 とまぁ学生時代の紹介が長くなりましたが、こんな感じで筆者も先生には見えてたかもしれませんが、4年間必死こいて努力しました。その努力が認められたのか、グループ全体で行う合同卒業式では、その総代として担任の恩師から推薦を受け、見事にやり切りました。いや~緊張しました。

 筆者の今の「勉強をする」という土台を築いたのは何を隠そうこの学生時代の努力があったからです。

 この様に、人間は人生で最低一度は見える見えないの如何を問わず努力をしないといけない、する時期というものが来る。と筆者は思っています。

 筆者の波乱万丈な半生を見たいかたは、別記事を参照してください。結構赤裸々にあけすけもなく書いてます。別に恥ずかしいことしたわけでも犯罪を犯した訳でもないですからね。

努力をする切っ掛けになった父の「自死」

 筆者の家庭は今では珍しくない母子家庭です。筆者が高校2年生の時に家庭は崩壊。離婚をするに至りました。まぁ当時は何の知識もなく、当然の様に母に付いていくという決断をしたわけです。もう17歳でしたし、長男ということもあり、しっかりしないとな。と思ったものです。

 それから3年後、筆者が二十歳になった翌年の5月頃だったか、警察から母に連絡が来ました。

 どうやら父が自宅で変死して発見された。と。特殊な亡くなり方ではありましたが、司法解剖もせず、状況的に自死なのだろうということで片付けられました。

 まぁ筆者は混乱というか、よく分からない事になりましたね。普通、1親等内の親族が無くなった場合、学校や会社は1週間ほどの休暇を認められます。筆者の専門学校も例外ではありませんでした。しかし、ここで筆者はスイッチが入りました。

 「自分で勉強すると決め、ここに来た。父が亡くなったことは一大事だが、1週間も休んでは授業についていけなくなる。やるしかない。」と。

 結果的に、メンタルは何とか持ちましたが、相当疲弊する毎日を過ごすことになりました。教室の後ろで休憩時間に寝たりとかして、何とか授業を受けたことを覚えています(授業はもちろん全部しっかり受けました)。

 おかげで4年間、無遅刻無欠席、成績もそこそこで、国家試験も当日の模範解答で無事パス出来ました。同期たちとは、模範解答で恩師から「ん~‥‥はい合格!!!」と言われた瞬間にはハイタッチしたのはいい思い出…かもしれませんね。

 責任や努力をする切っ掛けをくれたといういいでは、父に感謝かもしれません。

まとめ

 筆者は、今は資格勉強こそしていないものの、このブログの様に、皆さんに目に見える形で努力の結果をお見せしています。これは、結果だけ言えば「他人に見える努力」なわけです。しかし、記事を書くまでの前段階、資料を集め、整合性を取り、理論を立てて…という部分は、もしかしたら「目に見えない努力」かもしれませんね。

 人間誰しも努力はするものです。上の人物ももしこれまで努力をしたことが無いのであれば、これから先に努力をする事が出てくるでしょう。

 少なくとも、自分の子供には、「他人の痛みが分かり、そしてその人のしている努力を認め、受け止められるだけの器の持ち主」になってほしいと願うばかりです。

あとがき

 久しぶりに自己紹介カテゴリの記事を書きました。

 筆者のスタイルで、自己紹介カテゴリはTLには流さないと決めているので、この記事を読む方も少ないでしょうが、ま、筆者の努力に関する考え方はこんなもんです。

 因数分解していけば、更に解像度の高い話になるでしょうが、まぁそれはまたの機会にでも。

 そんなわけで、早朝4時からの途方もない記事にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 まったね~。

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